身辺雑記

引っ越してきてから約ひと月が経った。なかなかよいところである。ジュンク堂がある池袋にも、大学にも、自転車で行くことができる。自分にとっての東京の主要な場所には、ほぼすべて自転車をこいで向かうことになる。考えてみれば、再び埼玉に住むようになるまでの六年近く、そんな生活をしていたのだった。自宅から、関東でも有数の混雑を見せる電車での通学から解放されたとき、大学を辞めずにすむことを薄く確信したような気がする。とはいえ、自転車に乗って一時間以内で行ける範囲であれば、電車に乗るよりもはるかに快適に感じてしまうのは、交通費をけちって荒川を渡って遥か彼方にある高校に通っていたおかげだろう。先日、贅沢にもタクシーでの移動で荒川を渡ったとき、大雨の中、風のせいで傘もさすことができずに自転車で橋を疾走していた高校生を見て、自分はそんなに珍しいことをしていたわけではないのだということを確認したけれど、現在では周囲にそんなことを日常的にしていた人間がいない。そういう環境なのだろう。
部屋そのものにも慣れた。基本的には部屋にこもって読み書きをし、朝晩の食事の支度をして、おまけに弁当まで作っているのだから、すでに長く住み馴れているような錯覚をしてしまう。広さと形の異なるベランダでの洗濯物干しも、手こずることが減った。魚屋のおっさんおばちゃんからしてみれば、昼間からぶらぶらして女に養ってもらっている何をしているのだかわからない情けない男、というところだろうか。お仕事何をされているんですかと問われて、いえその自分だって稼いでいるんですと説明したけれど、やはり後ろめたいのか、滑らかに説明することができない。大学の制度というのは、外の人たちに対して説明するのが実に難しい。
風がよくとおるせいか、外の暑さに気づかず長袖で出かけてしまうということがよくある。ただでさえ春だか夏だか梅雨だか区別のつきにくい季節には衣服の選択に真剣に悩んでしまうのだが、ここでは悩む間もなく間違った選択をすることになる。おかげで今日は、自分から梅雨の男のにおいがした。そういうときこそ、嗅ぎたくもないのに鼻から勢いよく息を吸い込んでしまう。ほのかなよい香りのするものにはなかなか気づけないのに、臭いものほどしっかり嗅ぎつくす。他人のものは、できれば御免被りたい。
そんなわけで身辺雑記。身辺雑記的な生活をしていると、身辺雑記的なことを書くことになる。