誰も笑わない

さて、尻の話の続きだ。翌日の朝、ようやく病院に行くことができたんだ。尻の腫れ物の名前は「粉瘤(ふんりゅう)」。聞いたことがないね。もっとも、医者によればよくある症状らしいけれど。よくわからないが、皮膚の内側に膜のようなものができて、そこに、本来なら垢として外側に排出される老廃物が溜まるらしい。たいていの場合は痛みもないということだけど、僕の場合は場所が場所だけに、何度も椅子や床に押し付けることになって化膿したという話だ。そりゃあ痛いこと痛いこと。インターネット上にもたくさんの写真がのっていたけれど、僕のものはそのどれにも該当しない形状だった。


でもね、治療そのものも本当に原始的で苦しいものだった。腫れ物に穴を開けて、その周囲を強く押すことで中身を出すという、残酷な幼稚園児が思いつきそうな方法だ。麻酔はする。それも痛い。でもそれ以上に、中身の押し出しは本当に痛い。歯を食いしばり、顔をゆがめ、拳を握り締め、睾丸は縮み、足の指を丸め、呻き、ため息をつき…。丸出しの尻を医者と二人の看護婦にさらしているものだから、真剣に痛がることもはばかられる。骨折やら胃潰瘍やらだったらそうしてもいいところだけど、さすがに尻ではね。堪えていても、その堪えている様子が大袈裟だと言われかねない。だから、痛みで何も考えられないのに、ちょっとは彼らを笑わせたほうがいいのではないかと思って冗談を言ったりして、心なしか余裕のある風情を漂わせる努力もした。結局はその努力も無駄で、呻き声をあげたり「いてててて」と言うと、若い看護婦は「がんばってください、がんばってください」と、妙に悲壮な声で励ましてくれるんだ。尻丸出し男が若い女性の応援を受けて必死に痛みを耐えている。ある意味では美しい光景だとは思わないか。そこでは誰も笑っていないんだよ。


最後に、開けた穴の中に7センチほどの長さの、ひも状にしたガーゼを詰め込まれて、その日の「治療」は終了した。


(もちろん、ガーゼは中に詰めるだけではなく、外側にも貼った。でもそいつが大問題だった。尻が穴に向かって彎曲していく部分に腫れ物ができたということは、この前にも言ったよね。そんな場所にガーゼを貼るとどうなるか。わかるよね。様々な工夫を、差し迫る時間に追われつつ行うことになった。既に一週間近くたつ現在となっては、もう手馴れたものだ。)


そして、病院にて数回同じ面子で顔を合わせることになった。尻に穴を開けられて苦しんでいた男が、いまや自らパンツを下ろして寛いだ様子でうつぶせになる。そんな格好をしている僕に対して医者は笑顔を向けてとてもフレンドリーだ。彼は人に屈辱を与えるということが決してない。僕の目を見るよりも先に尻を見てしまった看護婦がどう思っているのかは知らないけれど、彼女だって少なくとも僕のことを嘲ったりはしない。僕はと言えば、冗談のような状況を冗談として受け取っているし、痛みが去れば尻を見せても紳士的だ。全員がきちんと役割を果たしていて、そこには一種の調和のようなものすら生まれている。しかしそれも今週には終わってしまう。できればもう二度と経験したくない痛みだったけれど、再発する可能性はきわめて高いということだ。