池袋の女神

「あなたが踏みつけたのは、この金の眼鏡と銀の眼鏡のどちらですか。」


いや、そんなことを聞かれても…。

そんなこんなで新しい眼鏡は金色になった。これまでも本の山が雪崩を起こしたり、ベッドの上に放置しているのをすっかり忘れて尻の下敷きにしたりということはあったが、今回は足の裏で見事に踏み潰してしまった。畳の上を滑るようにして嫌な感触を十全に味わい、片方の柄がレンズから垂直に下へと固くぶら下がるような格好になった。本体付け根にある金具が捩れたような具合になって、これまで幾度も助けてくれたメガネドラッグ池袋東口店の、私にとっては神様のような従業員にもこれを修理することはできないであろうと観念した。とはいえ眼鏡なしでは前方一メートルにある物体すら満足に識別することもできないので、ただでさえ目の覚めない午前中は夢の中にいるのとまったく変わらない状態で、これまた何の役にも立たないくらいに度が合っていない二年前まで使っていた古い眼鏡をかけてメガネドラッグへと向かったのである。眼鏡がないと頭痛がするというのは、近眼の末期症状ではなかろうか。眼鏡を探して部屋の中を彷徨する哀れなのび太のことを、私は笑うことができない。


30分にわたる悪戦苦闘の末、結局は元の形に戻ることはかなわず、何となく歪んだ眼鏡で数日はやりすごそうかとも考えたのだが、顔を傾けたくなるほどに物が歪んで見える。仕方がないので同じフレームでレンズだけ換えてもらおうと思ったはいいが、色まで同じものはもはやないという。残っていたのは金と銀。そこで神様ならぬ女神として光臨した男性店員が発したように思われたのが、最初の質問である。銀色は目立ちすぎる。かと言って金色もいやらしい。とりあえず両方を試着し見比べて達した結論は、どちらにしても似合わないというまっとうなものだった。これまで使っていた茶色のフレームに何となく近いのは金色である。明日は大学の授業で発表の担当にもなっている。準備はまったくしていない。不都合を避けるためには、どうにかして結論を下さなければならない。だとしたら、やはり金色を選ばなければならないのか。私は逡巡した。最後は眼鏡のプロに相談するしかない。「金色で嫌らしいかんじはしませんかね」という私の発した質問を受け取ったその彼の眼鏡のフレームは、見事に金色だったのである。